破壊と創造を巡らせる
“浄化の祈り”。
本作「火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)」は、
神縁処弥栄が奉書紙に祈りを込めて仕上げた“炎と再生”を象徴する
和紙プリントアートです。
『古事記』によれば、火之迦具土神は伊邪那岐命と伊邪那美命の間に生まれ、その炎の強さによって母・伊邪那美命を焼き、死に至らせたと伝えられます。
一見、悲劇の神に思えますが――
この神話が伝えるのは
「破壊の中にも、再生の始まりがある」
という宇宙の理(ことわり)です。
火は、終わりを象徴しながら、同時に新しい命を生む。
火之迦具土神の祈りは、「消滅」ではなく「再構築」のエネルギーです。
目次
火之迦具土神に宿る祈り

炎の神 ― 「死と再生」のはじまり
火之迦具土神の物語は、伊邪那美命の死を通じて「死生観」の原点を示しています。
燃え盛る炎に触れ、母神は命を落としますが、その身体からは数多くの神々が生まれました。
この逸話は、“破壊の中に創造が宿る”という自然の循環を象徴しています。
森が燃え尽きても、灰の下から新しい芽が出るように――
終わりは必ず始まりと隣り合わせ。
火之迦具土神の祈りは
「喪失の痛みを超えて、次の命へ進む力」
を与えてくれるのです。
浄化の炎 ― すべてを照らし、包み込む力
火は、ただ燃やすだけの存在ではありません。
古来、火は神聖な儀式で「穢れを祓う力」として使われてきました。
神社の「お焚き上げ」や「護摩祈祷」などは、不要なものを焼いて浄化し、新しいエネルギーを迎えるための儀式です。
憶測ですが、火之迦具土神はこの「浄化の火」の本質を象徴していると考えられます。
怒りや悲しみ、執着や恐れ――それらを燃やして“空”へと還すことで、心は再び自由になる。
神縁処弥栄では、この火の力を“再生の波動”として描いています。
炎は壊すのではなく
次の光を生むための通過点
なのです。
炎と祈り ― 内なる情熱を整える
火は外界の現象であると同時に、内面の象徴でもあります。
人の心にも火があり、それは意志・創造力・情熱として働きます。
しかし、火が大きすぎれば人を焦がし、小さすぎれば希望を失う。
火之迦具土神の祈りは、この“内なる火を整える”ための導きです。
怒りを創造に変え、悲しみを光に変える。
このアートを通じて、自分の中に燃える火を再び美しく灯す――それが「祈りとしての炎」の在り方です。
神縁処弥栄に共通する祈りの理念
神縁処弥栄のすべての作品は、「祈りを可視化する」という理念に基づいています。
火之迦具土神のアートは、“破壊から再生へ”という祈りの循環を象徴する一枚です。
祈りとは、静けさの中だけで行うものではなく、時に「燃えるような感情」そのものが祈りになる。
火は、形を変えながらも常に上へと昇る。
その姿こそが、神縁処弥栄が伝えたい“生命の祈り”です。
和紙プリントという選択 ― 奉書紙が映す炎のゆらぎ

本作品には、奉書紙の
ザラザラ面を使用
しています。
光を吸い込みながら細やかな繊維がほのかに反射し、まるで炎のゆらぎのように見えるのが特徴です。
印刷によって描かれた炎は、見る角度によって異なる輝きを放ち、昼の光では穏やかに、夜の灯りでは深く。
時間によって表情が変わるその質感は
まさに生きている火のようです。
奉書紙は祈りを受け止める“器”。
燃やすことなく、光の中で火のエネルギーを継承するための素材です。
それは「破壊を伴わない炎」、すなわち“静かな変革”を象徴しています。
祈りの印

すべての作品に「祈りの印」を添えています。
この印は、「浄化と再生の契約」を意味する印でもあります。
額縁について

額縁は販売しておりません。
おすすめは、黒・焦げ茶・赤銅色・木製フレームなど、火の色を引き立てる自然素材のもの。
炎のアートは光との相性が重要です。
陽の当たる場所や、キャンドルの灯りが映る場所に飾ると、作品の光が呼吸するように見えます。
包装とお届け
本作品は清浄な環境で封入しております。
包装の詳細は以下の記事にまとめています。
[清浄の三重包装 ― 神縁処弥栄の儀式的お届けについて]
ご理解とお願い
本作品は和紙プリントアート(原画ではありません)
奉書紙のザラザラ面を使用しています
光源や角度により、炎の輝きが変化します
紙の繊維による自然な揺らぎがあります
額縁は付属しておりません(推奨フレームは上記参照)
商品仕様・価格はBASE商品ページの情報が最新です
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終章:火之迦具土神の祈り ― 焼かれ、そして生まれ変わる
火之迦具土神の祈りは、「滅びを恐れず、再び立ち上がる力」です。
火は一度すべてを焼き尽くすが、その灰の中にこそ、新しい命が芽吹く。
人も同じように、苦しみの中でこそ、自分の本質に触れる瞬間があります。
この一枚が、あなたの心に眠る“再生の炎”を静かに呼び覚まし、光の方向へと導いてくれますように。
火のように生きる――それは
壊すことではなく
燃やして浄め、照らして生きる
ということ。
どうかこの祈りが、あなたの日々をあたたかく照らしますように。
弥栄!








